attention: 刀剣乱舞妄想ノベル。山姥切国広が小さい。
本丸というのは組織です。遠征や出陣など任務をこなすのと同じくらい、生活を営むためにそれぞれお役目や毎日の仕事があります。かわいい国広も例外ではありません。界隈でよく出会うちっちゃいかわいい国広を自分でも書いて愛でようとしたら、本歌が現れて意識高い上司みたいなことを言い始めました。くにひろはいい子です。キーワードは報連相。
[1] なんでもやさん
「なんでもやさん?」
平たいお菓子の箱をビニール荷紐で首から下げた国広がこくんと肯首した。
本丸の上空を5月の風が吹き抜ける。
木造建築である母屋の2階は階下に比べ天井が低く、その代わり天井板のない屋根の形に沿ったように複雑な構造を取ることで広く見せ、梁がむき出しになっている。
普段1階部分を襖で仕切り、宴会や軍議や組合の集まり等に使用されることの多い母屋だが、その2階の一番端、建物の両端にある狭い階段のうち北側の、その裏手側が1.5畳ほどのちょっとした小部屋になっていることを気にする刀はあまりいない。小部屋といっても格子状の柱で区切られているのみで戸はなく、洋風建築でいうサンルームといった具合なので一時的な物置や内緒話をするくらいしか使いようはない。
半屋内で景色もよく、北側なので幾ばくか涼しい風の通る、適度に天井高の低い篭り感のあるその空間が、長義のお気に入りだった。
そしてその適度な静寂を色彩から打ち下ろしたのが写しである、――そして他所のと比べるとかなり小さな――山姥切国広だったわけだが。
山姥切長義が1年前、特命調査を経たこの本丸に顕現した折のこと。
界隈では有名な、己と確執を生んでいるかの山姥切国広という刀と己の相対する機会が意図的に避けられていることを、山姥切長義は早々に気づいた。のちにその理由は、その特異な姿をもつ彼を慮った仲間達の、優しくも余計なお世話によるものであったことが判明するのだが、それすらも“ふたつの山姥切”にまつわる月並みな反応ではあったので、長義自身は特に特別注視することはしなかった。むしろ、よそと比べられることがなくていいとすらしたこの山姥切長義は、比較的物事に鷹揚な質の個体だった。
しかしこの小さなバグ個体。体や精神の幼さなりに山姥切国広という刀剣男士としての使命は忘れていないようで、出陣のできない身でもできることを日夜見つけて、並の個体よりも働き者な気質なのだから、周りの刀の彼を見る目はまるで鳥の雛を見守るようにとろけてしまうのだ。
その様子を件の山姥切長義は迎合するでも右に倣うでもなく、だが心に湧き上がる複雑な感情をため息で蹴散らすことにして、己は比ぶるまでもなく本歌山姥切であると、代えられぬ一点のみに心の居所を落ち着けることに決めたのだった。
「この箱を下げている時の俺は『本丸なんでも屋さん』なんだ。主もいい考えだと言ってくれた」
「へぇ」
「…」
「……」
「………えっと」
わざわざ長義を探して辿り着いた当人は、本に目を落としたままなかなか興味を示したように見えない長義に焦れたのか、小さな肩がもぞもぞと落ち着きを無くし始めた。
少々粗略過ぎたか。長義は本を閉じて、持ち込んだ椅子代わりの踏み台の上で国広に向き直った。
「なるほど、お前は俺に何かを任されたいのかな。それで態々こんな所まで来たんだろう」
まあ意せずして少し厳しい物言いになるのは、「山姥切」の一般的な関係上避けられない点として看過してほしい。
長義が目をやると、大きな翡翠色の目はしっかりとこちらを見つめ返してきた。
「特段お前に頼みたいことなどないのだけど。他を当たってはいかがかな」
「簡単なものでいいんだ。なにそれを取ってきて欲しいとか、言伝をもっていくとか。任務をこなす練習になると、主からも言われた。なるべくたくさんやりたい。あと、本歌の役にも立ちたい」
出陣の出来ない国広ができることと言えば本丸内の手伝い。それも1人では難しいため必ず誰かの助けが必要になる。
であれば、自分一人でも出来てかつ誰かの手助けになることを聞いて回ろうと、そういう魂胆らしかった。
役に立ちたい、役割を持ちたい、そういった思いはもとは器物であるがゆえ人間よりも強い。
長義はなるほど、と顎を触った。それならまあ、与えてやらないでもない。山姥切長義は持てるものなので。
ちなみに己は今日は待機で、個人的に付けている日々の記録を読み返していたところだ。時間通りに朝食も昼食も済ませた。目にふれた当番の連中にも手伝いの声はかけたところ人手はむしろ余っているとの事だった。
国広に一任できてかつ彼が満足するだけのやりがいのある用件が思いつかない。
かといってそれを言ってしまうことは彼のせっかくの行動を無駄にしてしまうことになる。
それは長義の信条からも外れてしまう。
山姥切国広という刀のふるまいを全面的に許容することはできないが、この小さな山姥切国広が素直に自分を慕って頼りにしてきていることには応えたいのだった。
<1>
「ちなみに、どんなことがおまかせ出来るのかな?」
参考に。
長義の問いかけに小さな写はしばし目をよそにやると、
「…三日月宗近には、金平糖の片付けを依頼された。おいしかった。兼さんのは捕まえたカブトムシの逃がすのについていった。小竜景光の電気の角度を直してやった。ハンモックから遠かったから。」
と指を折った。なるほど。
「じゃあ、お前の本科として依頼しようかな」
「ああ」
「山姥切を名乗るのをやめて欲しい」
「…自分ができないことを、他人にやらせてはいけないと、本歌が言ったじゃないか」
「本心だが冗談さ。あいにく今お前にして欲しいことは俺にはない。要望の押し売りは商売の評価としてはマイナスではないかな」
「そうか…」
顔は変わらないが残念そうな声色で国広は首の紐の所をかいた。
「だが、」
写しに限ったことではない。これは山姥切長義としての矜持と性質と、そしてやさしさなのだ。
長義はひとつ息をついた。
「俺が後でやろうと考えていたものをお前にいくつか任せようかな。メモを貸してやる。ちゃんと覚えろよ」
写しが大きな目をわずか見張ったのを見て、懐から出した小さなリングメモとペンを渡し、長義は続けた。
「まず1つ目。南館表通用口の靴箱に共用のつっかけがいくらか入っている。鋲が取れているものを日本号のところへ持っていき直してもらうように。直ったらお前が戻すんだよ。2つ目。五虎退が今朝櫛を洗面所の隙間に落としてしまったが直ぐに出陣でおそらくまだそのままになっている。お前の腕ならすぐに取れるだろうな。北館一階だ。掃除当番が既に気づいているかもしれない。その場合はこれは不用だ。3つ目。これは少々難しいかもしれない。」
「”菱ヶ池”の裏手から山へ抜ける小径があるだろう?分かりづらいが、分岐のところに石づくりの足洗い場がある。先日からとある刀達がそこに秘密基地を作って入り浸っているが、実はその屋根の柱のひとつ、木樽の中に大倶利伽羅の宝物がしまってある。それを基地の住人や大倶利伽羅に気づかれないよう彼の部屋に持っていくんだ。樽には錠がかかっている。これは取り掛かる前に太鼓鐘貞宗に協力を仰げ。」
「ひとつ聞いてもいいか」
「なんだ」
「それは全部、山姥切がしようとしていたことなのか」
「そうだよ」
「分かった」
国広はしばらく口の中で呟くと、メモパッドを板間の地べたにおいてメモをしたためはじめた。
その様子をいっとき見下ろして、長義は格子の向こうの中庭の景色に目をやった。
この本丸は広く、住まう刀も70振りを超えている。
短刀とは違い、人間のこどもと同じようなたちをしたこの小さく未熟な刀を可愛がる連中がほとんどではあるが、中には実戦兵器として顕現されたくせに戦場に出られない、一人では何もできないなまくらだと侮りや憐憫の視線を向ける者もいる。
幾度の検査を経て、本丸で過ごす時間が経てば、肉体的・精神的な成長が進む症状だと分かってからは、そのような態度を表ざたに出す者は減ったようだが、実質この前線において彼がまだまだ“役立たず”であることは変わらない。
「依頼は3つだな」
写しが言った。
「報酬は前払いかな」
「いらない」
「見返りなき働きには責任と信頼が生まれない。とっておきを用意しておこう。よい報告を待っているよ」
砂のついた膝を気にする小さな写しを前に、山姥切長義はそれらしく言って、再び手帳に目を落とした。
<2>
[2] 五虎退の櫛
五虎退の櫛はすぐに見つかった。
いくつかある寮の共同水面台は、3人ほどが並んで支度を出来るよう横長に設えられたアルミのボートのような形をしている。体躯の小さな、それでいて大人しい気質の五虎退はいつもそこの1番左端─窓際の一段低くなっている区画で用事を済ませるようだ。
と曰く、その場にいた掃除当番中の後藤藤四郎。
「それにしても五虎退が櫛を落としたなんてよく見てたな」
感心したように言う後藤の言葉に唇に僅か力が入る。見てはいないのだ。
本丸と呼ばれるこの拠点は同時に多くの刀の付喪神達が生活を共にしている。その規模に見合うだけ、建物も大きく広く誂えてきた。国広が与えられている部屋は東館なので、北館のここの様子は知る術もない。それは同じ棟に住む山姥切長義も同じ筈なのだが。
あの刀のことだ、混み具合で使う場所をかえていて今日は偶然ここだったのかもしれない。
国広は水槽の横の隙間奥に落ちてまみれてしまった埃を櫛から払った。
半月に整えられたツゲの齒の上にデフォルメ化された白い、おそらく虎に見立てたのだろう、仔猫たちが遊んでいる。
さて。
「五虎退は出陣中だったか」
「ああ、山鳥毛の隊だ。あの御仁、張り切ってたからまだまだ帰って来ないと思うぜ。オレから渡しておこうか」
「いや」
反射的に大きめの声が出てしまった。
「……えっと、帰ってきたら渡そうかと」
「オレ部屋近いし気にすんなって。五虎退にはお前が拾ってくれたって伝えとくし。」
後藤は気にする風もなく、ちょいちょいと右肩を促され、埃を払ってくれた。
向き合うと、後藤の鼻先は国広のそれより少し高い場所にある。
山姥切国広は、本来の自分は短刀より遥かに背の高い刀である。
おそらく自分だけだろう。短刀とさほど変わらない個体は。
「後藤は、優しいな」
「お前も優しいよ。戦場、出られるようになるといいな」
国広の心中を測ってか知らずか、つり目の紫がニッと細まった。
国広はなんと返せば良いやら、被った――普通の個体よりもちいさめの体にあった短めのーー布のへりをぐいと引き下げた。
ここの仲間は誰も国広を責めない。だからこそ、時々自分の姿を認めた時、その非力さに、ちっぽけなさまに、心が小さくなってしまう。
「実は、」
国広は櫛の行方は山姥切長義が知っていたこと、これは自分で頼んで譲ってもらった仕事だということ、後藤の気持ちがありがたいのとは別に、自分で渡すところまでを任務と捉えていることを伝えた。
たどたどしい主張だったが、後藤は眉をくんと上げて「なるほどな」と言った。
「わかった。そういうことなら任せるぜ。ありがとな」
「ああ」
返事をした国広に、ポンポンと肩を叩いて後藤は箒を手に、すのこを上げた三和土を掃き清め始めた。
<3>