小話

カーネイション ┃
乱藤四郎とオリジナル審神者の哀しい話
斬ることを迷ったことはない。
それでも『ひとりめ』の時は、次の日が悲しかった。
本丸に顕現されたときから、刀剣男士乱藤四郎として初めての生が始まった。主であった審神者は、実力と充分な実績をたゆえ、多くの刀とともにこの戦の勝ちを収めてきた。
美しく上品な物腰の人で、だが時々意志の強い眼をした。
断罪のその時までしゃんと背筋を伸ばして、乱が刃を手に現れたその時も、同じような眼をまっすぐに投げかけてきた。
あるじさん、と呼びかけてその返事がないその空白を、“寂しさ”と呼ぶことを知った。
ふたりめの時は、前より少し若く、少しいじわるだった。
全てを終え帰還した後になって、乱は知らなかったが、それが若いヒトの性質で、特に親しい人や意中の人にそういった態度をとってしまうものなのだと知った。
任務後の休暇期間を経て持ち場に戻ると、使われていない作業机の上には厚みのある封筒が置かれていて、本丸の、彼女の自室の鍵付き化粧台の隠し引き出しの中に、刀たちへの口には出せなかったいとしいという心が目いっぱいしたためられた手紙がぎっしりと詰まっていたことを教えられた。
人の心は思っている以上に不完全で柔く強いことを知った。
さんにんめは過ごした時が一番長かった。始めに出会った頃はもっと幼く、成長していく姿がまぶしかった。
そしてこちらは思春期を乱にべったりくっついて過ごした。
長く生きた。前の二人よりも長く生きて老いた。
だからその細い首を掻き切った夜、ゲートをくぐった時に気づいた。
この頬を落ちていく雫こそ己の変化を如実に表していることを否応なく知った。
審神者は毎度、若くして死ぬ運命だった。
歴史を繰り返し、正し、調整し、なんども過去へ飛んだ。
みな、赤い頬をした綺麗な人だった。
かの人を葬ったのは今回で7度目になる。
白くまろい指先を、薄くしゃんとした背筋を、黒檀を掘り込めたような瞳を、淡く赤く沸る唇を、すべて覚えている。
片づけをおこなう部隊が本丸内の撤収作業を行うのを横目に松の戸を押し開ける。
庭の好みは皆違った。
成人の体躯の腰ほどの位置、乱の腹あたりまでのびた樒の繁みが染むような青さで辺りを満たした。
彼らの最期の言葉について考えていた。
「ありがとう」「ごめんね」「またいつか」
それから一人目だったか、二人目だったか、はたまた三人目だったか。
「待っていて」
明瞭に覚えているのは、死の際まででも艶やかな黒い瞳だけであったが、たしかにそう言っていた。
彼女は知っていたのだろうか。
今となっては確かめる術はない。
は、として立ち止まった。
払うようにかぶりを振るう。
一週間後にはまた新しい日々が始まる。
「美しいヒトだった」
隣に立った歌仙兼定が言った。
この歌仙兼定はたしか、3人目を“送る”ことが決まったとき、初期刀役に名乗りを上げた一振りだった。
同じく政府機関の、推奨される歴史を書物として編纂し、その更新や各本丸への出撃要請案を作成する部署の、副室長だと言っていた。命令系統に属する部署の彼が出てきたということはかなり比重の高い任務なのだろう。
「ただ生きていただけなのに」
ぽつりと口を吐いた。
歌仙兼定が微笑んだのが空気で分かった。
「歴史に徒成すものは排除しなければならない」
「わかってるよ」
「だが歴史を紡ぐものこそ人。はたして人が徒を生むのか徒となることが人の業なのか」
顔を上げた。
柔らかな縹色の眼とかちあった。
歌仙兼定はどこに収めてたのか、持ち上げるとわさ、と音がするほどの大きな花束を取り出した。
「さあ、花を選んでおくれ、乱藤四郎。きみの主の門出へ贈る美しい花を」
その花はいくつかに分けて活けなおすのだろう。
とりどりの花たちがじっとこちらを見ていた。
でもそこに、乱が選ぶべき花は無いように思った。
「……主さんにはこれかな」
それでも。
歌仙兼定は乱の選んだ花を中心にくるくると器用にブーケを編むと、篭手に包まれた手でそっと渡してくれた。
白い洋撫子がゆれる。
(お題:『佳人薄命』『乱藤四郎』『夢十夜』)
<1>
