attention: 黒バス 赤×黒
ユシロ名義のアカウントで掲載しているものです。(Pixiv=6661908)
以下は当時の公開内容をそのまま掲載しています。

 


ゆらぎのもり

│2014 赤黒
 黒バス妖怪変化


長い板張りの廊下を青年が歩む。
離れへ続く廊下は冬の風が吹き抜けるたびに地獄のような冷たさを感じさせる。

「入りますよ」

そう言って襖戸を引く。室内には誰もいない。

正確には一匹。四足立てば人の腰ほどはあろうかという大きな狐が部屋の端で丸くなっている。
それだけで十分に異質な光景だが青年は別段目もくれず、火鉢に持ってきた鉄瓶をかけ、お茶の準備を始めた。

部屋の外では風が時折口笛のような音を立てながら通り過ぎていった。
まだ暦では秋と言ってもよい時期ではあるが今年の夏は暑さが長引いた分突然の寒さも長期戦になりそうだ。
と、ふいにガタンと何かが戸にぶつかる音が響いた。

「早速誰か来ましたね」

青年が手を止め立ち上がり、入口の戸を開けた。と、黒豹がぬるりと現れおもむろに青年の痩躯を大きな前足で押し倒した。
艶やかな黒豹の毛皮からは水の香りがする。

「…青峰くん、ボクを食べるつもりですか」
「お前みたいな薄っぺらい奴喰っても腹の足しにゃなんねえよ。」

立ち上がると人の人の背ほどもある大きなその動物は獣の頭で人の言葉を話した。

「薄っぺらいとは聞き捨てなりません。キミの分の最中は無しです。」
「んなッ!?」

青峰と呼ばれた黒豹は声を上げたが、そのとき、またも戸を叩く音がした。

「失礼するのだよ。不愉快な匂いがするからなんだと思えば、お前か青峰。」
「んだと緑間!相変わらずスカシた格好しやがって」

そう言ったのは長身に緑髪の男だった。黒衣に袈裟懸けをした僧のような格好のおかげも手伝ってこの国の人間にしては存在感の強い出で立ちをしている。
決して広くはない離れの一室が、にわかに賑々しくなった。
その空気に止めを刺すようにガラッと勢いよく障子が開けられた。

「青峰っち!今日こそ勝負っスよ!」
「おじゃましまーす。黒ちんお腹減ったー」

人数分のお茶を湯呑に注ぎ、菓子鉢を用意する。
濃い花の香りが満ちる。

「うおっなんでテメェまでいんだよ、つかよく入れたな。」
「峰ちんもそういう意味では黄瀬ちんと同格だよね。」
「ねえ緑間っちそれなに?忍術書?」
「今日の蟹座の開運品は絵巻なのだよ。」

一方、騒がしい面々を前に青年は黙々と己の分の最中をつくっていた。
軽くぱりぱりした皮の匂いが香しく甘い餡子の最中は餡の湿気を吸わないよう皮と餡が分けられており、それを自分で挟んで食べるのが楽しい。
菓子を頬張るその鼻腔を掠め牡丹の香りが室内に強く広がった。
香りと共に漂う気迫に気づいた黒豹と僧侶と鴉と蛇がはっ、と口をつぐみ、その影の方を一斉に向いた。

「煩い」

そこには燃えるように赤い髪をたゆえた少年がゆらりと立ち上がる姿があった。

「でもあか「黙れ。」
「だってあか「殺すぞ。」
「悪かったのだよ。」
「赤ちんごめんー。」
「解かればいい。」

ふん、と鼻を鳴らし、上等な金刺繍の入った白い着物を払い少年は消え、代わりに紅の見事な毛並みをもった狐が左右で色の異なる瞳を眇めて牙を見せた。

「今度テツヤと僕の前でやかましくして居てみろ、望み通り一振りで掻き消してやる。わかったらおとなしくそしてありがたくそこに正座してテツヤのお茶を戴くんだ。」

「「「「はい」」」」
「征十郎くん、キミの分の最中つくってもいいですか?」

テツヤは返事も聴かずにまたせっせときれいに餡を挟み込む作業に取り掛かった。

巨大な森を背に聳える神社の奥屋敷にテツヤは“一人”で生活している。
親の顔は分からない。幼い頃からテツヤの世界はこの広くもちいさな神様の家とやらに限られていた。
世話をしてくれる神主や外の世界の情報を紙面や友人の話を通して知ることはできるし居場所を限定されていることを除けば不自由はない。
きれいな服と食事を与えられこうしてお菓子をいただいて座っていることが彼の役目であり存在価値なのだ。
彼がこの敷地からこれから先、生きたまま、そしてその生涯を無事終えたとしても彼の身がこの神域から外に出されることはない。それが『森』と『人』の契約なのだから。

――――彼を知る者は同じくしてこう彼のことをこう示す。

『黒子テツヤは神に愛されている』――――

「テツヤ、お茶のおかわりもらえるかな」

パチン、と囲炉裏の炭が割れた。



[緑の狸と化身。]

「お前にこれをやるのだよ。」


陽の温かな午後。
縁側でお茶をすするテツヤに緑間がそれを突き出した。
受け取ってみるとそれは立派な模様のはいった鳥の羽だった。

「何の鳥でしょうか。綺麗な模様ですね。」
「鷹だ。最近よく庭に落ちている。」

なるほど、と相槌を打ったところではたと気づく。

「あの、鷹って自然豊富なところにいる鳥ですよね?山の方ならともかく、こんなところをそんなに頻繁に飛ぶんですか?」
「ああ…俺も少し気になってな。赤司が帰ってきたら訊いてみてはくれないか?」
「…そうですね。」

山の裾とはいえ町も近いこのあたりにむやみに野生の動物が現れることは少ない。
そもそもこの社は神域なのだ。自身口にはしないがよほど力の強い妖か社への出入りを許された生き物でなければ空を横切ることはできない。前者ならそのあたりの屋根の上で毛皮を温めている妖神が放ってはおかないだろう。考えられるのはその妖神自身がまた何かを企んでいるということか。
なんにせよ彼に逆らえない緑間は、ただ黙ってせめて渋い顔を送ることしかできないのだが。










「…またなのだよ…。」

四日後、緑間の手には大きな鷹の羽がつままれていた。
黒子を通して社の主である妖神に伺ったところ害は無いから安心しろとだけ返ってきた。
何かを含むようなその返答に緑間は首を傾げながら、赤司がそういうのなら実害ないのだろうと放っておくことにしたのだった。
赤司はこの社に祀られた森の主であり、その力を身に纏う力ある妖神だ。本来なら関わることもない存在でもある。
彼がそういうのなら少なからずその庇護を受けている身の上、間に受ける他ない。しかし気になるものは変わらない。
緑間の顔ほどもある長い羽を拾い、知れず緑間の眉間にはシワが刻まれる。

鳥は妖や神において特別な意味を持つ。彼らが翼をもち自由に天と地を駆けることから神の遣い、あるいは神の仮の姿とも言われているが、善を運び恵の証として掲げられる反面悪を撒き混沌を起こすきっかけとなる者とも呼ばれる。
特に鷹は翼ある獣と云われ、鴉のように神通力をもったものにはかなわないが、時には妖を喰ってしまうほど猛禽の名の相応しい生き物でもある。形を成す今の緑間は、こうもやたら自分にばかり存在を見せつけるのは成物妖でありながら神域の力を容受する己を食い殺そうとしているからではと考えずにはいられない。

緑間はこの神社で生まれた付喪神だ。
今より遥か昔に憑物相談として神社へ寄せられた狸を模した置物が長い時と神の気まぐれによって意思を与えられ、以来その彼の将棋の相手として存在を許されている。
自分の存在理由などほぼそれに等しい。それだけに、自らの存在を脅かすものはなにより心を乱されてここのところ負けが続いていることは頂けない。(普段から決して勝率がいいとは言えないが。)
こうなれば自らの平穏のため、せめて正体だけでも見てやろうではないか。
そしてあわよくば、いつも傍観するばかりあの妖狐をあっと、いや「ほう」とくらいは言わせてやるのだ。
引きこもりの付喪神は一人そう決心したのだった。














「緑間くん、その後ろの方を紹介してはくれませんか?」


いつもの不機嫌顔に今日は困惑の色を載せた僧侶姿の付喪神、の足元に引きずられるようにへばりついている稚児を見てそう伺った。
黒い髪に気の強そうな杏子色の目をした幼い少年、若苗色の兵児帯が彼の怒りで膨らんだ頬袋に合わせてぴこぴこはねている。
ぷんぷんと形容詞がつきそうなその子供と気難しい大男のその組み合わせはなんとも奇妙だ。

「鷹の化身らしい。」
「鷹……あの羽の持ち主ですか?」
「ああ。」

最近庭に羽根を落としていく犯人を見極めようと隠れて見張っていたところにきょろきょろ周りを見回しながら祠に近づくちいさな影をみつけ、えいやとばかりに捕らえた。するとなんとそれは羽の生えたちいさな子供で、また活きのいい魚のように跳ねて喚くものだからすっかり辟易した緑間は黒子に助けを求めに訪れたのだという。

「キミ、こちらに来てお菓子を戴きませんか?」

テツヤは花林糖のはいった菓子鉢をおいて手招きした。
しかしその甘いお菓子にチラチラ目を奪われながら少年は庭の隅につくられた祠を指差す。

「あれはオレのなんだよ!返せ!」
「あれ…って、祠のことですか?」
「…どうやら俺の寄り代のことを言っているらしいのだよ。」
「えっ?」

緑間が忙しない子供の動きを帯を掴むことで抑えながらうんざりといったように説明した。
生れず死んだ鷹の子の霊は形を持たないまま悪鬼に成りかけていたのが、たまたま以前たぬきのしまわれていた蔵に迷い込み、弱っていたために咄嗟に仮の住まいとしてたぬきに入り込んだ。鷹の子はしばらくの間たぬきの中で眠りながらしかし、蔵の主人が時折場所を移動する置物を気味悪く思って神社に預けると言った話を聞き、慌てて飛び出した。
妖となったあとも別の器を探しては見たものの、具合のいい器はなかなか見つからない、では、やはり初めに憑いたあのたぬきしかないのでは、と思いたぬきがあると神社に来てみたということだった。

黒子はなるほど、と頷いた。まさか聴いてみればこのたぬきがここに来る要因だったではないか。
とはいえ今そのたぬきは彼の家であり、この世に存在するための目印なのだ。
返せと言われてそうですねと返せる代物ではない。

「こいつをどうにかしてくれないか…。」
「どうにかって…ええと…。」

しかし今も開け放たれた祠に、この元気な鷹の子は近づこうとしない。
まあ、そんなことをすれば無事ではいられないことを先程から微かに漂う気配で気づいているのであろうが。

「鷹くん、あの置物は確かにキミのものなのですか?」
「おい黒子、」
「ホントだってば!」

本人はいたって真面目なのだろうがいかんせんびっくり箱のような元気のよさに、それを微笑ましく思ってしまうのを抑えて、彼の目前にしゃがみこんだ。

「すみませんがあれをキミに返すことはできません。緑間くんの大切な寄り代なんです。あれがないと緑間くんは消えてしまいます。それはボクも困ります。」

ただ安らぎの住処を思い出し、妖に成った今、それを目指したら偶然そこには住人がすでにいただけのことである。だがそうと突き放すにはつまらない。
黒子は彼に、一つ提案を仕掛けた。










「緑間くん。もう、いい加減観念しましょうよ。今までだって決して静かな家ではなかったでしょうに。」
「断るッ!赤司、その子供を森に帰らせろ!」
「と言ってますけど、赤司くん」
「愉快だな。放っておこう。」
「だそうです、緑間くん。」
「~~~~!!」

締め切られた祠の扉の前、交わされる問答にテツヤは頬をかいた。
テツヤの足元で少年がぴょんぴょんとはねる。

「真ちゃんあそぼーぜー!引きこもってっといいことねえぞー」
「お前が厄そのものなのだよ!さっさと森へ帰るのだよ!」
「帰ったってつまんねーもん。ここの方がたぬきもあるしちょーしいいんだよなー」
「寄り代はやらんと言ってるだろう!」
「だから俺のほうからきてやったんじゃねえかー」

がなる緑間の姿も初めて見る。
黒子が提案したのはいつでも好きな時にたぬきの無事を確認(という名目のおやつ時のお相伴)をしにきていいというものだったが、本当のところ彼の動機はただ賑やかなここに遊びに入りたかっただけではないだろうか、とも思う。
なんとも微笑ましい光景。件の緑間にとっては被害にも等しいが、むやみにこの神域の中で住人を傷つけるような相手なら赤司の鼻息一つで弾き飛ばされていることだろう。そこまで考えて、ふとテツヤは気を紡いだ。

「征十郎くん、彼をここに呼んだのはキミですか?」

緑間は庭に羽が落ちているのを拾った。それを何度も。
しかしテツヤは緑間に手渡された他に羽を見かけることは一度もなかった。
つまり彼はここに寄り代が置いてあることをどこかで知って、庭の端にある祠のみを目指してここに通っていたことになる。
それも、この鷹の妖はどうやってこの境内に何度も進入することができたのであろうか。

「さあ、僕はうるさいのはあまり好きじゃないから。」

けど賑やかなほうがいいのだろう?、と狐が言う。
テツヤは一瞬驚いた後、口の端を緩めた。













「いい加減にするのだよ!」
「しーんーちゃーん!早く出てこねーと大福全部食べちゃうぜー?」
「赤司くんも仲間に入れてもらったらどうですか?」
「やだね。テツヤ、お茶淹れて。」
「はいはい。」







End.